日本トライボロジー学会、トライボロジー会議 2016 春 東京を開催

 日本トライボロジー学会は5月23日~25日、東京渋谷区の国立オリンピック記念青少年総合センターで、「トライボロジー会議 2016 春 東京」を開催した。固体潤滑や表面処理、機械要素などの関わる研究191件が、一般セッションとシンポジウムセッションで発表された。

 今回から、参加者がどのセッションで必要な情報が得られるかを分かりやすく提示するとともに、研究発表者に実学としてのトライボロジーの応用を考えさせる狙いで、一般セッションの分類を「産業機械」、「輸送機器」といった応用分野を中心に変更。応用分野に分類が難しい研究などについては「学術」のセッションで発表がなされた。

 また、シンポジウムセッションは、「倫理シンポジウム―研究者・技術者の社会的責任について考える―」、「固体潤滑:新たなニーズとシーズを探る」、「Japan-Korea Tribology Symposium 2016:Functional Coatings and Carbon-Related Materials」、「工作機械のトライボロジー」の4テーマで開催された。固体潤滑のシンポジウムでは、新規適用を目指した固体潤滑の科学・技術を総合的にとらえることを目指し、モリブデン酸銅・モリブデン酸銀や窒化炭素膜(CNx)、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜などカーボン系硬質膜などの新しい低摩擦トライボロジー材料・表面システムを含む固体潤滑の動向と、実践において基礎となる評価法、理論などを取り上げた。Japan-Korea Tribology Symposiumでは、「機能性コーティングおよびカーボン材料のトライボロジー」というテーマのもと、同分野で活躍する日韓のトライボロジー研究者が、超低フリクションカーボン系被膜やハイブリッド・マイクロ・テクスチャなど最新の研究内容を紹介した。

 会期中の24日には「2015年度日本トライボロジー学会賞」の表彰式が行われ、固体潤滑・表面改質関連では以下が表彰された。

竹市嘉紀氏(中央)と南 賢太郎氏(左)、川邑正広氏(右)竹市嘉紀氏(中央)と南 賢太郎氏(左)、川邑正広氏(右)・トライボロジーオンライン論文賞「Tribological Properties of Copper Molybdate Powder Solid Lubricants under High Temperature Conditions」竹市嘉紀氏・稲田真人氏・南 賢太郎氏(豊橋技術科学大学)、川邑正広氏(川邑研究所)、Marian Dximko氏(University of Zilina)…モリブデン酸銅2種と、比較対象として原料となる酸化銅と三酸化モリブデンの各粉末をステンレス鋼基材間に塗布し、室温から700℃までの温度域でのしゅう動特性を調べ、モリブデン酸銅の高温での潤滑メカニズムを明らかにした。モリブデン酸銅の高温での潤滑特性発現の特有なメカニズムとして、従来から知られている酸化物の軟化だけでなく、摩擦界面での還元反応による軟質金属の生成も考えられ、これが潤滑性向上に寄与したと考察した。今後の高温固体潤滑剤の開発に寄与するものと期待される。

吉田 聡氏(中央)と三宅浩二氏(左)、大城竹彦氏(右)吉田 聡氏(中央)と三宅浩二氏(左)、大城竹彦氏(右)・論文賞「エンジンオイル環境下でのDLC膜とアルミニウムの摩擦摩耗特性」吉田 聡氏(本田技術研究所)、三宅浩二氏・大城竹彦氏(日本アイ・ティ・エフ)…自動車エンジン油添加剤として用いられるMo-DTCに起因するDLC膜の摩耗メカニズムを解明してDLC膜の適用拡大を狙った。プラズマCVD法を用いてシリコン含有量を変化させたDLC膜を作製し、鉄系材料とアルミニウム系材料との間で、Mo-DTC添加有り無しのエンジン油中で摩擦摩耗試験を実施。結果、アルミニウム系材料とのしゅう動では鉄系材料と比較しMoO3の生成が少ないためMo-DTCに起因するDLC膜の摩耗が発生しないことを解明し、Mo-DTCが配合されたエンジン油においても、DLC膜の膜質と相手材の組み合わせを適切に選定すればDLC膜の摩耗を制御できることを示唆した。

・技術賞「T字状磁気フィルタ型真空アーク蒸着装置および高品位DLC膜の開発」滝川浩史氏(豊橋技術科学大学)、瀧 真氏・長谷川祐史氏(オンワード技研)、加納 眞氏・吉田健太郎氏(神奈川産業技術センター)…黒鉛ターゲットから放出されるドロップレットを効率的に取り除くことのできるT字状フィルタードアーク蒸着装置の開発によって、水素フリーDLC膜である高硬度・高密度ta-C膜の工業レベルでの安定的な成膜を実現。今後、種々の機械しゅう動部品や食品・医療関連のしゅう動部品への適用で、フリクション低減による新技術創出が期待される。

渡 友美氏(中央)と足立幸志・東北大学教授(右)渡 友美氏(中央)と足立幸志・東北大学教授(右)・学生奨励賞「窒化炭素膜を用いた摩擦システムにおける大気中低摩擦発現のための必要条件」渡 友美氏(東北大学)…80~100℃の大気中高温環境下での窒化炭素膜(CNx)や水素含有CNx膜と窒化ケイ素(Si3N4)の摩擦において極低摩擦を発現することを発見し、原因を追究。CNxを用いた摩擦システムにおいて、大気中無潤滑で0.01以下の安定した摩擦係数を発現させうるナノ界面が、摩擦面全域に自己形成されうることを明らかにしたことは、超低摩擦の長期持続が可能な摩擦システム構築に対し有益な知見となる。

・学生奨励賞「高荷重下におけるDLC複合膜の摩擦フェイドアウトの安定的発現」森崎優志氏(東京大学)…水素雰囲気下において、ポリマーライクカーボン(PLC)膜とDLC膜からなるDLC複合膜の高荷重下での摩擦フェイドアウト(FFO)現象の安定性に及ぼす微量なアルコール蒸気の種類や水分の影響を評価。FFO現象の安定化条件を明らかにするとともに、そのメカニズム解明に必要で有益な知見を提供することで、FFO技術を応用した革新的な再生可能エネルギーシステム創生への貢献が期待される。

 日本トライボロジー学会賞の表彰式ではまた、機械要素関連で以下が表彰された。

外尾道太氏(中央)と稲見宣行氏(右)外尾道太氏(中央)と稲見宣行氏(右)・技術賞「自動車ハブユニット軸受用耐水グリース技術」外尾道太氏・稲見宣行氏・宮川貴之氏(日本精工)、並木 実氏(協同油脂)…新興国など過酷な路面状況で、自動車用ハブユニット軸受の信頼性に重大な影響を及ぼす、水の侵入に起因するはく離を防止するグリース技術を開発。水と分離しやすいグリース成分の選定により、水が接触面に侵入して油膜形成不良となる現象を抑制できることを見出した。また、軌道面に酸化膜を形成させることで、水が接触面に近づいた場合でも接触面を水による悪影響から保護できることを見出した。本技術をもとに開発した耐水グリースは、水混入はく離耐久軸受評価で従来比約3倍のL50寿命延長効果を得て、特に新興国市場でハブユニット軸受の早期不具合の解消に貢献している。先進国でもその効果が期待でき、今後ハブユニット軸受の信頼性向上を通して広く社会に貢献できる技術と見られる。

・技術賞「冷間時摩擦を低減する表面テクスチャ付エンジン軸受」梶木悠一朗氏・芦原克宏氏・高田裕紀氏(大豊工業)、本田暁拡氏・竹中一成氏・内貴 潔氏(トヨタ自動車)…自動車エンジンの暖機運転(冷間)において、エンジン軸受の流体摩擦の低減によって燃費向上に貢献する技術として、潤滑油のサイドリーク低減を目的に軸受の軸方向両端部に部分的なテクスチャ(細溝)を配置した。テクスチャの吸い戻し作用増大によって潤滑油のサイドリークが低減され、軸受内を再循環する潤滑油量が増加することで油膜の昇温が促進される。本技術による軸受からの潤滑油サイドリーク低減と油膜の早期昇温、摩擦低減効果は軸受試験機やエンジン試験で確認され、燃費向上技術として量産化されている。

 24日にはまた、特別フォーラムが行われ、本年Jost報告発行から50年を迎えたことを記念して、東京大学・香川大学名誉教授の木村好次氏が「トライボロジー50周年に寄せて」と題して講演を行った。

講演する木村好次氏講演する木村好次氏 まず、英国で国営の製鉄所などの潤滑に起因する経済的損失を減らしたいという社会的気運が高まりつつあった「トライボロジー誕生前夜」の状況を説明。その経済的損失の調査を実施し、産業界に対し経済的損失への対策の必要性を提案するため1966年3月9日にH. P. Jost氏が中心になってまとめた『Jostレポート』において、Oxford English Dictionary編集長の発案で“tribology”の造語が生まれ、さらに同年、トライボロジーの工学への応用などを目的にCommittee on Tribologyが発足、機械工学、化学、材料学それぞれで対応していた工業界のトライボロジー課題に対し一体化して対応できるようになった、といった流れを解説した。以降、英国で生まれたトライボロジーは世界に広がり、英国ではInternational Tribology Councilが設立され、米国では米国潤滑学会(ASLE)が米国トライボロジー学会(STLE)に、1955年に設立されもとより包括的にトライボロジー研究を進めていた日本潤滑学会は日本トライボロジー学会(JAST)に改称された。また、木村氏も受章したトライボロジー研究の最高栄誉Tribology Gold Medalも創設された。トライボロジー生誕から50年の間にトライボロジーの課題は、焼付き→摩耗→摩擦(環境=Greentribology)へと移り変わっていったが、これは取りも直さず社会の、機械がきちんと動く→長く使える→損失を減らす、というニーズの変遷に対応したトライボロジーの実学たるゆえんで、自動車に適用することで3~5割の大幅な燃費低減が可能との国内外の試算を示した。しかしながら、「ここにきて、トライボロジーの実用化技術という性質が薄れてきているのでは」と懸念。〝一隅を守り千里を照らす。これ即ち国の宝なり″との伝教大師最澄『山家学生式』の一節を引いて、「トライボロジーを守り育てながら、その工学応用で産業を活性化し、ひいては国益の増大へとつなげていってほしい」と、後進のトライボロジー研究者に呼びかけて、講演を締めくくった。